老健経営の立て直し:収支計画と合意形成による実践
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業種
介護福祉施設
- 種別 レポート
高齢化に伴い、介護老人保健施設(老健)の社会的役割は増大していますが、経営環境は年々厳しさを増しています。人口構造の変化と報酬改定を受け、老健の経営環境は厳しさを増しています。特に「収支改善の必要性は理解しているが、現場がついてこない」という課題は、多くの経営者が直面する共通の壁です。
最近では、病院経営者から「病院の黒字を老健が吸収してしまっている」「病院の経営が苦しくなっている中で、老健にも自立した経営を求めたい」といったお悩みをよくお聞きするようになりました。
多くの老健が、報酬改定や人材確保難の影響で赤字経営に陥るリスクを抱えています。この現状を打破し、持続可能な老健経営の立て直しを実現するためには、単なるコスト削減やトップダウンの指示出しに留まらない、抜本的な改革や実効性の高いアプローチが必要です。本稿では、立て直しに不可欠な、収支計画策定の実務的な視点と、現場の納得を得るための第三者介入の意義を整理します。
老健は、在宅復帰を担う重要な提供体制の一部です。この役割を継続するためにも、赤字からの脱却は必須であり、経営の抜本的な立て直しが急務です。
1. 老健で実効性のある収支計画策定の4つのポイント
多くの収支計画が、机上の空論に終わり失敗する原因は、現実から乖離した“理想値”を計画の前提としてしまうことにあります。この課題を克服し、実効性のある計画を立てることが、経営立て直しを成功させる鍵となります。
(1)老健立て直しに向けた「理想」ではなく「施設の実態」に基づく前提設定の徹底
多くの収支計画が失敗する要因は、稼働率や職員配置を“理想値”で見積もることにあります。実効性のある計画の出発点は、過去の実績を詳細に分析し、入所・短期入所・通所など事業別に稼働実績と単価構造を可視化することです。具体的には、直近12か月の実績を丁寧に整理し、平均在棟日数、退所(退院)先の構成比、介護度別稼働率、そして報酬算定における加算の取得状況といった、詳細な指標を明確にします。
さらに重要なのは、介護報酬の算定実績を踏まえた「現場の行動量」をもとに、改善可能な領域を見極めることです。例えば、在宅復帰支援機能の強化や、特定疾患の管理・リハビリテーションの提供回数など、現場の努力によって収益に結びつく具体的な行動指標に分解し、目標として設定する必要があります。この実態把握こそが、確実な老健経営の立て直しの第一歩です。赤字を招く具体的な要因を特定することが重要です。
(2)人件費構造の“見える化”と優秀な人材の確保・定着率の両立
老健のコスト構造において、人件費が全体の6〜7割を占めることは一般的です。そのため、人件費の最適化は老健経営の立て直しにおいて避けて通れないテーマです。しかし、単なる削減では介護人材の定着率の悪化を招き、結果的に質の低下と収益の悪化を招きます。求められるのは、生産性と定着率の両立です。
人件費の最適化には、職種別の労働分配率や、夜勤、残業、有給消化率を含めた人件費構造の徹底した“見える化”が不可欠です。詳細な分析に基づき、「看護・介護比率」や「夜勤配置の妥当性」を検証することで、現場の過不足を“感覚ではなく数値で”議論できるようにします。この数値に基づく客観的な議論こそが、現場職員の納得感を引き出し、持続可能な老健経営の立て直しを支える鍵となります。優秀な人材の確保と育成が、赤字脱却の重要な柱となります。収支計画において、人材育成投資をどのように位置づけるかが立て直し成功の分かれ目です。
(3)年度単位ではなく“シナリオ単位”での経営の計画設計とリスクヘッジ
介護報酬改定や予期せぬ稼働変動リスクが高い老健経営においては、硬直的な年度単位の計画だけでは対応できません。老健経営の立て直しを盤石にするためには、報酬改定や稼働変動に応じて、「複数の収支シナリオ(最低基準・標準基準・希望基準)」を用意することが推奨されます。
このシナリオ設計は、リスクヘッジの機能を持つと同時に、理事会や介護の現場との議論を円滑にします。これにより、議論が「実現不可能な数字の押し付け」ではなく、「選択肢の提示」となり、合意を得やすくなります。特に赤字転落リスクが高い老健にとって、最低基準シナリオは、最悪の事態を回避するための重要な保健的役割を果たします。このシナリオ設計は、老健経営の立て直しを円滑にします。
(4)加算戦略に基づく老健の収益構造の最適化と質の高い保健・介護サービス
老健の収益構造は、基本報酬だけでなく、類型の変更を含めた加算の取得戦略によって大きく左右されます。加算の取得は、高収益化と社会的使命の達成(在宅復帰支援)の両立につながります。計画策定時には、取得を目指すべき加算(例:在宅強化型老健、リハビリテーション関連加算、認知症専門ケア加算など)を特定します。
そして、その加算を取得するために必要な人材配置、実績、サービス提供体制の整備を収支計画に落とし込みます。これは、単に収益を増やすだけでなく、老健の機能強化を通じた抜本的な経営立て直しに繋がります。質の高い介護サービスを提供することで、赤字を解消し、地域の保健医療体制における老健の存在感を高めることができます。
2. 老健で現場の合意を得るための第三者介入の決定的な意義
収支計画がどれほど緻密に練られていても、現場の介護職員の納得と共感がなければ、改善活動は「やらされ感」を生み、失敗に終わります。現場の主体的な参画を引き出すことが、老健の経営立て直しには不可欠です。
(1)老健内部の声を“翻訳”する役割と中立性
経営陣が「効率化」や「生産性の向上」を強く訴えるほど、現場はそれを「人減らし」「利用者軽視」といったネガティブな言葉として受け取りがちです。
第三者であるコンサルタントは、経営と現場の言語を翻訳する中立的存在として機能します。第三者は、経営目標の背景にある「どのような目的で」収支改善が必要なのか、また、現場に対して「どこまでの変化を求めるのか」を客観的に整理し、双方の認識を丁寧にすり合わせる役割を果たします。特に、現在の経営状態が赤字に近づいている事実を、感情論ではなく客観的な数値で現場に伝え、理解を求める役割を担います。この翻訳機能は、老健の経営立て直しを成功させるうえで、信頼構築の基盤となります。
(2)対話による“納得形成”の場づくりと当事者意識の醸成
改善策をトップダウンで一方的に実施しても、現場には「やらされ感」が蔓延し、定着しません。老健経営の立て直しでは、まず、外部環境の厳しさや、なぜ改善活動が必要なのかを現場に理解していただくプロセスが重要です。
第三者がファシリテーターとなり、担当者と協議しながら具体的な改善ステップを決めていくことで、現場は「自分たちで改善できる部分」を当事者として見出せるようになります。例えば、各種会議の非効率な点や、多職種連携における情報共有のボトルネックを現場の介護職員自身が特定し、その改善案をボトムアップで計画に組み込むなど、対話を通じて自主性を引き出すことが、持続的な改善のエンジンとなります。優秀な人材が定着し、自主的に動く組織へと変革することが、真の老健の経営立て直しです。
(3)数字を「目標」ではなく「対話の共通言語」にする
収支計画の数字を単に目標として現場に押し付けるのではなく、現場と共に読み解くプロセスを設けることが、老健の経営立て直しにおいて非常に重要です。第三者が介入することで、「数字の意味」や「改善余地のある指標(例:リハビリテーション実施率、在宅復帰率)」を明確にし、これらの指標がどのように日々の介護ケアと結びついているかを具体的に説明します。数字を評価や罰則の道具ではなく、現状を把握し、議論を進めるための共通言語として活用することで、現場の理解と納得を引き出すことができます。
3. 実行段階における組織文化の変革と持続的な経営改善の仕組み
計画を策定し、現場の合意を得た後も、老健経営の立て直しを確固たるものにするためには、組織文化そのものを改善志向に変えていく必要があります。
(1)赤字脱却に向けた立て直しのPDCAサイクルを支えるモニタリング体制の構築
計画は立てたものの、実行段階で指標の進捗管理が曖昧になり、形骸化するケースが多く見られます。実行段階では、策定した収支計画に基づき、現場の行動指標(例:リハビリ実施件数、夜間巡視の効率化時間)を週次または月次でモニタリングする体制が必要です。これにより、計画と実績の乖離を早期に発見し、速やかに改善策(Check & Action)を打つことができます。特に、赤字リスクの高い施設では、このモニタリング体制が立て直しへの生命線となります。
(2)多職種連携を強化する情報共有の仕組み
老健の特徴は、医師、看護師、介護士、リハビリ専門職、支援相談員など、多様な職種が協働することにあります。収支改善と質の向上は、この多職種連携の質に依存します。計画段階で設定した目標達成に向けて、職種間の情報共有や業務分担を明確化し、連携のボトルネックを解消することが、真の老健経営の立て直しへと繋がります。地域の保健医療との連携を強化することも、老健の機能強化に不可欠です。優秀な人材を活かすためにも、職種間の連携強化は優先課題です。
(3)IT/DXを活用した間接業務の効率化
介護現場における人手不足が深刻化する中で、記録や情報共有といった間接業務の効率化は喫緊の課題です。介護人材の不足を補うためにも、IT/DX投資を積極的に行うことで、介護・看護職員が直接ケアに割ける時間を増やします。これは、生産性の向上だけでなく、介護職員の負担軽減と定着率の改善にも寄与し、老健経営の立て直しをより確実なものにします。
おわりに
老健の経営改善、すなわち老健経営の立て直しは、数字という客観的な事実と、介護という現場の協力という主観的なエネルギー、この両輪がかみ合って初めて実を結びます。経営陣の意志と現場の共感、その間をつなぐ仕組みを整えることこそが、持続可能な老健経営の第一歩です。変動の激しい時代においても、機能強化と赤字脱却という二つの目標を達成するために、本稿で示した実務的な視点と、現場を巻き込む戦略を統合することが求められます。
老健経営の悩みは、外から見えづらく相談しにくいことも多いものです。でも、一緒に状況を整理し、打てる策を見つけていくことで不安は確実に軽くなります。無理のないペースで進むためにも、まずはお問い合わせでお話を聞かせてください。
本当の優先課題は何なのか、壁打ちしませんか?
本稿の執筆者

宇野明人(うの あきひと)
株式会社日本経営
介護福祉コンサルティング部 課長代理
2020年、日本経営に入社。福祉・介護事業所や行政を中心にコンサルティングを行い、人事制度の構築・採用力強化・研修の企画実施・部門別採算制度の導入・地域包括ケアシステムの推進支援などに取り組む。定量面と定性面の両側面を重視した実践的な支援を特徴としている。
また、医療・福祉事業所の経営者および経営幹部を対象とした養成講座のコーディネーター・講師を務め、これまでに延べ100名以上の卒業生を輩出している。
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。


